プロレスに限らず、なんでもそうなのですけれど。「深化」「追求」のベクトルと、「普及」「拡散」のベクトルは違うんですよね。 いわゆる「オタク(ヲタク)」の人は、プロレスとはなんぞや、の深化、追求は気持ちよいようですが、普及、拡散が下手くそなひとが多い。オタ
更新情報
いい「物語」は、途中から読んでもオモシロイ。
「どういうストーリーや遺恨があるのかが分からないから、 途中から見始めてもつまんないよ」 という声を聞いた事があります。プロレスを勧めたときにも耳にしたことがありますし、連載中の漫画やドラマでも同じように言われたことがあります。はっきり言います、プロレス
ヒール vs ベビーフェイス で学んだ「対立型の共感形成」
「ヒール」と「ベビーフェイス」が軍団抗争してこそプロレス プロレスの世界では「ヒールとベビーフェイスの軍団抗争」という構図が、どんな団体でも、必ずといっていいほど展開される。ヒールは、いわゆる、悪者である。ベビーフェイスは、いわゆる、正義の味方?である。
リングでは「怪我した箇所を攻められる」のが当たり前
「プロレス的なもの」が、スポーツのそれとは少し異なるものであることを端的に示すひとつの例が「怪我に対する考え方」であると思う。もっと具体的に言ってしまえば、「故障箇所を攻めるのはプロレスの鉄則」である、という考え方だ。____________ たとえば
タッグマッチ論(1)運命共同体であることを許容できるか
「タッグマッチ」は他の格闘技にはほとんど見られない、とても「プロレス的」な概念だ。このルールは、とても奥が深い。たくさん語れることがある。今日はそのなかでもひとつに焦点をあてて記してみたい。 「パートナー」は「運命共同体」 である、という話だ。 ____